2020年5月22日金曜日

ガン細胞の血球由来説はガン対策にどう役立つか


ガン細胞の血球由来説は ガン対策にどう役立つか    千島喜久男

“ガン細胞はその細胞分裂によって急激に増加する”というウイルヒョー以来の細胞学説をそのまま信じても、また、私の発見した“血球からガン細胞に成る”と考えても、それはガンの基礎的研究上の問題であるから、臨床上、ガンの予防や治療には直接何の影響もないかのように見える。
 だからこそ、現代医学者は、私の新説を無視、黙殺しても、一応、研究を進めて行けると信じ、事実、それを実行している。
 しかし、ガン細胞が血球(主として赤血球)からできることを承認せず、既成細胞説をおし通そうとすれば、必ずガン研究は行きづまり、進退きわまる袋小路に迷入することは明らかである。なぜなら、

〇砂上にどんな大きなビルディングを建てても、大地震がやってくれば、基礎が誤っているなら、それは傾き使いものにならないものとなるのと似ている。

成るほど、現代のガン研究者は、ガン細胞が分裂する有様を顕微鏡映画で示し、ガン細胞異常分裂説を誇示しようとしているが、これが大きな誤りである。

〇ガン細胞をニワトリ胚子からしぼった液や、その他生体と  は違ったメジアム(培地)で、組織や細胞を培養することは、生体より低い気圧の下で、しかも強い光線を照射して、不自然な条件下で観察し、ガン細胞の示す病的な行動(これは一種のアーチファクト、人工産物)を体内での自然の状態と同じものだと誤った判断をしている。

“細胞は細胞の分裂によって”のみ細胞は増殖するものだという100年以上前からのウイルヒョー的細胞説を鵜呑みにしている。

 レペシンスカヤや私たちの主張している
“細胞は細胞の構造をもたない有機物から新生してできてくる”
“細胞の核や核酸(DNA)は、それのない部分にタンパク質の変化によって生ずる”
という巌たるこの事実を前にして、一般の学者は、“DNAのない人間の赤血球からDNAが形成される過程を生化学的に説明しなければ、それを認めない”といっているが、これは“事実を第一として、説明は第二義的なものだという科学の原則を知らないものである。
 
 とにかく、ガン細胞は血球が変化してできるものだということが、率直に承認されるとき、血液の浄化がいかに重要なガンの予防及び治療の基礎的条件であるかが解ることになる。





ガンの転移説の矛盾


ガンの転移説も矛盾している    千島喜久男


 例えば胃ガンに罹った人のガン腫を外科的に切除しても、その後体の他の部分に再びガンが発生することがある。このような場合、これをガン細胞が血液やリンパ管で運ばれたために起こるガンの転移だといわれている。
 事実、ガン細胞やガンを起こすような病的化学物質を含む血液は、血管やリンパ管を通って体のあちこちへ運ばれる可能性は確かにある。
しかし、問題なのは、これまでの学説では、毛細管は閉鎖型即ち血管壁で包まれていて、この壁は、白血球以外は壁を通過することはできないものだと、はっきり断定されている。
だとすれば、大きなガン細胞が自動的にこの血管壁を通過して血管内に入ることはできないはずである。
よしんばアミーバ状運動で血管内へ侵入するとしても、ガン細胞より遥に細い毛細血管中を流れることはできない。リンパ管の開放端からも入るとしても同様である。
しかも、これらを通じてガン細胞が血管やリンパ管に入る様相を確実に証明した人はいない。
またそれは、できないのは当然である。

毛細管の先端は多くの場合開放的であるから、血球はそこから組織中へ自由に出入りできると唱えている私の説によって、初めてこの問題も解決できる。


ガンの転移について思い起こすのは、ある有名な日本のガン学者(元、ガン研究所長中原和郎博士、癌、岩波新書)は、
55歳の婦人が卵巣癌で手術を受けた。一応完全に治癒したが、手術後35年たって肺臓癌で入院、11カ月後死亡した。ところが、この肺ガンは間違いなく卵巣ガンの転移したものだった。これは組織学的に見て全く疑問の余地がない。35年かかってガンに発達したものと解釈するほかはない。
と述べている。

だとすれば、卵巣ガン細胞が、肺に転移して35年間ガン細胞の性質を示さないで潜伏していて、後に突然ガン細胞に戻ったということになるが、そのような細胞の継続的な存続の考えは、古いウイルヒョー的細胞分裂では説明できようけれども、ウイルヒョー的細胞観は、今日では決して通用しないものだと私は確く信じている。
そしてこのような古い細胞分裂説は、現在決して実証的なものではなく、多くの場合、細胞分裂の有様を見たというのは、人工的な環境で示す、細胞の病的な行動にすぎない。

肺でも卵巣でも、そこの細胞は、せいぜい1か月程前の赤血球から分化してできたもので、35年も生き続け、または分裂して存続することはあり得ないし、その証明もできない。
この様にガンの転移説には、恐らく卵巣ガンとは直接的な関係がなく、後から肺に新しいガンが発生したものと判断するのが妥当であろう。
たとえ組織像が似ていても、それを気やすく35年前のものが、転移したものなどとは決していえないわけである。

なぜなら、ガン細胞は分裂によって相続するものではなく、血球から新たに形成されるものだからである。


現代医学は、ガン細胞やガン腫だけを目のかたきにして、それを撲滅しようと専念しているが、これはマトはずれである。
なぜなら、ガン細胞やガン腫は、心身の不健康さの永い間の蓄積の結果であり、産物だからである。
これこそ、文字通り、本末転倒というものだ。






2020年5月16日土曜日

赤血球分化


千島学説検証論 転載

『手術をすると、なぜ免疫は落ちるのか』

 生物学の不確定性原理の盲点に注目した人はほとんどいなかった。

 生きた生体内に定着して活動している細胞と、切り取ってプレパラートに載せた肉片では、温度、血液循環の有無などでの環境がまったく違うのだから、正確に生体と同じ条件で測定する事は不可能です。
 だから同じような細胞の性質を人為的に全く同じように確認することも不可能というわけです。
 生体と死体には、生体には血液が流れているが、死体には全く血液が流れていないという決定的な違いがあります。それらの違いを無視して行っても本当の生体の法則を発見することはできませんが、その盲点を見過ごしているわけです。
 私たちがテレビなどでよく見たことのある細胞分裂映像を見て、千島学説は間違っていると、多くの学者は思い込んでいますし、話にさえ耳を傾けようとしません。今時これらの分裂しているという証拠写真、証拠映像が出ているのに、異説を唱えるような学者の話など馬鹿馬鹿しくて聞くまでもない、結論は出ているではないかと判断したわけです。
 ほとんどの学者は、千島喜久男の説明すらも聞いていませんし、追試もしていません。血球分化説は間違い、細胞分裂説が正しい、決定的な証拠があるのだから、追試するまでもないということです。
 それらの細胞がとった行動としては、一つの真実ですが、そこで起きたことを、人間や哺乳類の生体内でも同じことが起きていると思い込んで大変な間違いをしているということを、千島学説では指摘しているのです。
 単に死体細胞を見ただけではなく、それに医薬品や光という刺激を与えて、分裂するようにしているわけです。このような刺激が生体内であり得るでしょうか。
この不確定性原理に気づいて、生体と死体では全く違うことが起こっていると気がついた生物学者、医学博士は千島学説の他にはほとんどいないでしょう。
だから今も間違った細胞分裂説をもとに医学は大きな誤りを犯しているのです。
 千島喜久男は、現在まで行われている生体の観察の仕方が、生きた生物の生体内で本当に起こっていること、切り離して死んだ細胞を不自然な条件がいくつも重なる人工実験の条件の観察では、本当の生体内で起こる現象とは、同じであるはずがないと説明したのです。
 この不自然さについて、従来の生物学者研究家は、実験そのものの不自然さには全く着眼せず、切り離して血液も流れていない死体細胞を薬品などをかけて
分裂を促したことが、生体内で常に同一であり、その法則は、全く同じで一つしかない絶対法則であると思い込んでいます。
 本気で信じ込んで、異常な環境のプレパラートの上で見たことを同一視して、ガン細胞を徹底攻撃、排除しています。これは大変な誤りです。

 それは生物学における不確定性原理に気づかすに無視しているからです。

 今までの定説の成り立ちは生体の実験ではなく死体実験でした。

 死体の細胞で組織の変化を測ろうとすると、実際の生体とは似ても似つかぬほど全く異なる条件で観察することのなり、人為的な観察状況と生体という二つの環境の違いを正確に同じように再現することができません。そのために細胞は通常とは異なる反応を示してしまう。

 これが千島喜久男が提唱した「生物学における不確定性原理」なのです。
 ウイルヒョーや、ウイルヒョーの細胞分裂説を定説として受け入れた学者は、この盲点に気がつかなかったのです。

 観察する条件において同じではなく、全く異なる環境で起きた現象であり、ただ見せられた映像の結果だけを唯一の細胞の法則であると、思い込んでしまう。そのことが、それまでの生物学や現代医学の盲点だったのです。

 千島学説では、細胞が分裂するという作用も自然界や生体内にあることは否定していません。ただそれは、哺乳類のような生きた生体内で常時起きている細胞の増殖ではないということ、それで細胞が増殖するのではないことを、千島喜久男は発見したのです。

 私たちが、ガンの本やガンのホームページを見ると、ほとんどがガンは細胞分裂で異常増殖ということが書かれています。またそのような映像が実際にも確認されたり、ガンのテレビなどでも撮影されたものが放送されています、
 しかしそれは、ガン細胞を切り取った細胞だけを生体から知り離して、血液も流れていない、温度も全く違う環境で人為的に薬品などを使って培養して撮影されたものであり、実際のガン患者の生体内で撮影したものが確認されたことではないという、生物学における不確定性原理であることは、ほとんどの人が気づかず、ひたすら権威者の言うこと、映像で起きたことを盲信しているのです。
 
『細胞分裂という定説がつくられた実験の 異常な不自然さを検証する』

 生体内と死体で起こることの違いをいろいろと検証していきましょう。
それによって、現代生物、現代医学にはいかに矛盾が多いかということに気がつかれるはずです。
 これが間違っているとすれば、40兆円という巨大産業は根本的に間違っていることになるからです。
 千島喜久男が気づいたように、死体と生体とは全く違う性質を持っているということです。
 また死体であっても、そのままの状態で観察するのと医薬品や光などを当てて人工的に反応をうながした行為では全く違う現象が起こります。

 「今までの細胞分裂像はあくまでも切り離した死体細胞で、薬品や光を用いてえられた結果なので、生体内では何が起こっているかわかりません」
などという注意書きを教科書で見た人は恐らくいないでしょう。
 このようなことを教える側が注意していれば、今のような盲信や大混乱はなかったはずです。

 世の中の間違った法則や解釈というのは、物事は正確には測れないという不確定性原理を無視しているからでしょう。


 最初に定説を提唱した人間が気づいていないから、間違った思い込みが始まったのです。


 本当の定説とは、その実験する過程の自然さ環境の違いなど、様々な環境条件も検証しなければなりません。

『死体細胞で起こることと、生体内の細胞で起こる現象は、果たして同じ法則なのだろうか?』

 それを生きた自分の体のガン細胞に起きることとして、同じ判断を適応して良いのだろうか」と自問自答してみると、定説の成り立ちには、おかしな点が多々あることに気がつきます。
 千島喜久男が指摘しているように、現代の定説となっている生物学は、細胞生体から切り離して死んだ細胞を、死体の一部を不自然な人為的環境下で観察して起こった反応を、生物の生体反応として解釈した理論が中心となっています。
 本当に生体で起きていることと、死体を使って人為的に作り出した環境であれば、どれほど違いが出るでしょうか?
 生体からちぎれた細胞が、腐敗し始めたからといって、生きた人間が常に腐敗現象が起きているとは誰も思いません。
 生体内では血液が流れて白血球などの免疫という現象があり、死体にはそのようなものがないのだから、起きることは違って当然です。
 取り出した細胞の温度が20度であったとしても、誰も体温が20度であると思いません。

 プレパラートで見た細胞には血液が流れておらず、人体の内部には流れています。決定的に違う環境です。

 それらで起きた環境や測定結果を、たとえば細胞に強酸性液をかけたとします。細胞が溶け始めました。だからといって人体のなかで常時細胞が溶けているわけではありません。プレパラートに載せた細胞内には血液が流れていないからといって、人体に血液が流れていないことにはなりません。気圧も温度も、栄養が流れ込んでくる状態も、酸素が供給されるか、どう異物が排泄されるか、細胞が呼吸しているか、あらゆる点において、生体内とは異なる環境になっています。
 細胞分裂は、それと同様の不自然環境で起こったことであり、実際に細胞分裂程度は、医薬品などが使われて撮影されているのです。

 人々は実験の不自然さを無視して、間違った説を信じています。

 それまでの学習の実験は、反応を起こす事ばかり熱中しすぎて、自然界や生体内の法則を、死体細胞を医薬品や人為的操作によって、起こる反応を自然の法則として拡大解釈したものです。
 それにもかかわらず、なぜそれが分裂したからといって、分裂する現象だけは生体内で同じであると思い込んでいるのでしょうか?
 悪意を持った誤説の盲信で苦しんでいる。
 切り離した細胞に腐敗が起きたとしても、それを生きた人間の細胞に起こっていることと同様に考えるのはおかしいはずです。
 例えば生体から切り取ったある細胞に光を当てたとします。その光線に紫外線が含まれているか、赤外線がどの程度含まれているか、それだけでも顕微鏡で見ている反応は違ってくるのです。

 またそのような反応は自然な生体内で定着している細胞には決して起こりません。

 皮膚は別として体の内部はほとんど光が入ってないからです。それは生体内に観察する場合であっても同じことで、強い光を当てたり、抑えつけたりしている時点で、通常の生体内とは異なる環境です。それでも切り取って独立したものよりははるかに生体に近い状況です。
 ところが今までの細胞分裂説を気づいた人のやったこと、私たちが見ている細胞分裂の映像などは、すべてといっていいほど生体から切り離した組織を顕微鏡で覗いて起きた現象をもとに当てはめるのです。
 そこには血液が流れていないから、その観察方法では、1000億回観察しても、千島喜久男が発見したような血球が分化して細胞になる姿など見れるはずがなかったのです。
 同じ環境で同じ実験をして、確認してほしいと再三言いましたが、それを否定した人は、「定説と違う、細胞は細胞から分裂して生まれるものであり、血液から分化することを見た人などいない」と言って、追試をしてこれが間違いであると確認した人はいません。

 おかしいと気づかないのは、われわれの人体は血液の流れる生きている生体であるということを、すっかり忘れて、ただ物理的に切り取られた肉片と生きている生命が同じような認識になっているからです。

 実験室のビーカーや薬品を使って人為的に創り出した環境で観察したものは、本当の生体内で起きることとは異なっていて当然です。
 これはよく考えてみれば、当たり前のことです。

 細胞分裂説という定説を信じている人は、それらの定説が、どのような観察条件によって起きた現象であるかという経緯のことは何も考えていません。
 それを盲信して基礎理論を作って、40兆円の医療費を患者や国から請求しているのが、現代医療の現実です。
 この異常な誤説の問題は国会でも取り上げなければなりません。

 患者自身が自分自身で、現代医学の基礎理論には間違いがないか、自分で検証しなければ、自分自身の命が危険な事態なのです。
 
気がつかなかったら、誤説によって殺されます。

指摘されれば、おかしなことも、それまでの研究者は、その不自然な定説の成り立ちについて、矛盾に気がつきませんでした。

『生物学医学の教科書に載っていることのほうが間違っている』

現在の生物学医学の教科書には、細胞分裂こそ人体の構成されていくメカニズムであると説明されています。これは、生きた生体観察から生まれた説ではなく、死体細胞を人為的に操作した結果、分裂した映像が見られたことから生じた誤説です。
今までの測定で生きた生命の観察をした人は、千島学説と同様の結論に至っています。

人は誰もが信じて定着している定説が間違っているかもしれないと、いちいち疑わないのは無理もないことかもしれません。

ウイルヒョーの細胞分裂説、パスツール自然発生説の否定、骨髄造血説の間違い。これらの不自然な実験の盲点に最初に気づいて着眼し、間違いを指摘したのが千島喜久男です。
千島喜久男は、実験過程を再検証し、それらの実験には、自然状態とは全く異なる人為的操作が数多く加わっているということに着眼しました。
それは決して自然状態では起こりえない、特殊な場での検証実験であり、自然界と同一視することは危険だったのです。
そして生物学の不確定性原理のため、完全に自然状態とは同じ環境で検証はできないが、できる限り自然状態に近い環境を心がけて、千島喜久男は再検証実験をしたのです。

それによって発見したのが、現代医学の定説とは、全く異なる、千島学説8大原理なのです。

『着眼点が異なると結果の解釈が違ってくる』
 
 千島学説8大原理と、現代医学の定説の違いは、最初の実験する過程に対する心構え、着眼点が根本的に異なります。
 千島学説8大原理は生物学の不確定性原理という考えをもとに検証が行われました。その結果、現代医学の理論のほとんどは自然界や生体の置かれた自然な環境を無視して、強引に人為的操作でこじつけられた結果をもとにして治療が行われている事に気づいたのです。

 (このホームページでは、ガン治療に特化しているため他の定説の誤りの指摘については長くなるため取り上げませんが、千島喜久男がこのような着眼点から検証した結果、現代医学の根本理論の多くが無茶苦茶なこじつけを前提に成り立っており間違っているということに気がつきました。)

 そのため千島学説を認めてしまうと、現代の医療産業は、ほとんどが根底から崩壊するといわれる理由で、多くの医療産業や学者、教師、医者の生活基盤、実績、功績を破壊しかねないほど大問題でした。
 今まで先生と尊敬されていた人が犯罪者扱いになりかねない事態だったのです。そのため、それらの産業に携わる人々は、自分の功績や利権を破壊することを恐れて無視せざるを得ませんでした。

 血球分化説を認めるだけでも、ガン治療に使われている医療産業が崩壊するのです。
 
現代医学は、自然界の法則を全く無視して成り立った定説です。
 それを千島喜久男は生涯にわたって、
「現代医学は、大きな違いを犯している。このままでは国民が大変なことになる」
と警告し続けてきたのです。

 検証する前提が違うため確認できたことも全く違う結果でした。そのため結論となっていることも、その内容は現代医学とは発想を大きく異にするものになったのです。
 不自然で人為的な状況で起こる反応を、すべての生体内で起きる標準的な仕組みであると絶対視することは非常に危険なことです。
 
『技術的にやむを得ない面はあったが、観察の盲点を無視してはいけない』

 細胞増殖の真実は、生きた生体をそのまま顕微鏡で観察しないと真実はわからないのですが、その当時は生きた細胞をそのまま動いている生物の分裂を見るということは、技術的に難しかったこと、また研究者はそのようなことを考慮していませんでした。
 
本人たちも気づいていない盲点だったのです。

 だからしかたなく、生体から切り離して細胞を切り刻んで、生体から切り離した状態を顕微鏡のプレートに載せて観察するしかなかったのです。
 その条件下では、細胞分裂が起きていたということは事実かもしれませんし、千島喜久男は、現代医学が信じている細胞分裂が起こるという事実までは否定していません。その条件下において細胞分裂が起きたことは事実だと認めています。
 
 『実験の不自然さを検証すれば、現代医学の礎となっているほとんどが間違いであることが判明する』

 千島喜久男が、細胞分裂という映像があるではないかと聞かれたとき、
「細胞を研究する場合、生きたからだのなかの自然な状態で観察するのが理想なのです。しかし今日までのいろいろな細胞学の成果は、組織が切り出した標本、つまり死んだ細胞を研究したものがその中心になっています。

 自然のままで観察できないから、生物のからだからその部分を取り出して調べる。しかしこの操作そのものが、もうすでに全体とのつながりを切るという不自然をおかしています。

 細胞のほんとうの姿や働きに対して、もうその時点で悪い影響を与えているのです。」

 細胞分裂の映像をとらえたことに対しては、
「あくまでも人為的なものであり、今日の培養技術はまだ理想的なではないのです。それをですよ。光学顕微鏡や電子顕微鏡で、不自然な強い光線や電子を当てて観察するのです。
 細胞は、光や電気にはきわめて鋭敏な反応を示します。その反応は自然の状態では、決して起こさない反応です」
ということが、ガン治療の基礎となっている細胞分裂説の盲点なのです。
 
だからガン細胞がどんどん増殖して、体中がガンだらけになるという定説も間違いだということです。

重要なことは、生物の生体から切り離して切り刻んだ細胞を、哺乳類などで実際に起きている生体で起きている現象は、まったく同じなのか?
切り離して細胞で起きることを生体寧で実際に起きていることも、まったく同じ法則であると拡大解釈していいのか?

という矛盾に私たちが気がつくことです。

これだけおかしな矛盾に対して、世界で初めて違う検証方法を採用し、生物学会で誤りを指摘したのは、千島喜久男が初めてでした。ここでは根気よく続けた観察と膨大なデータの実績によって、誤りを指摘したのです。
それまでの研究者、一定の不自然さには、だれも着眼していなかったのです。
千島喜久男は、細胞生体から切り離さず、生体とつながった状態で顕微鏡を見たのです。さまざまな生体でみて初めて生体内で起こることの真実がわかったのです。

『実験の不自然さ、経緯にだれも着眼しないから、間違った解釈が生じた』

 これは今までの研究者がそのことに全く考慮せずに行った方法とは全く異なる方法でした。
 千島喜久男と他の研究者、実験の仕方という着眼点が根本的に違ったのです。

 このようなことを全く無視して定説となって、ガンは細胞から細胞が生まれると考えたウイルヒョーの細胞分裂説と、現代のガン細胞自体を徹底的に取り除いたり、攻撃するといったガン治療の最大の間違いです。

 ウイルヒョーの細胞分裂説は、たとえて言えばスーパーで買ってきた牛肉を使って生体を研究したような定説です。
 スーパーの牛肉に光や薬品をかけて顕微鏡で観察して牛の生きた生体のメカニズムの何がわかるというのでしょうか。
 生体内で起こることを確認するのに、切り刻んで引き離した細胞を観察するということは、生体に定着している自然な状態で観察することに比べて著しく不自然なことです。
 生体に定着している細胞は身体の全体とつながったもので、切り離された細胞は同じ生体反応が起きるはずがありません。
 
よく考えたら誰でも分かるような、不自然極まりない実験結果なのです。

しかし人々は定説が生まれた時のひどい不自然さには着眼しなかったのです。
千島喜久男はその不自然な実験工程を指摘しました。
切り離したものは、生体に定着しているときのような血液が流れていません。その違いだけをとっても生体内とは全く異なる条件なのです。切り離したものは、あらゆることにおいて生体内とは異なる環境です。
ウイルヒョーの細胞分裂説によって見られた結果とは、たとえばスーパーで買ってきた牛肉を顕微鏡でいろいろ観察して、それに光を当てたり培養液を与えたりして、変化した細胞を観察して結果を映像に撮影して牛の生体を調べたような理論を、牛の生理現象であると言っているようなものです。
細胞にかけた液体がアルカリ性か酸性であるか、その違いだけでも細胞におこる反応は違ってくるのです。

これは誰が考えても当然のことでしょう。

しかしその矛盾点を最初に指摘したのは、千島喜久男以外にはほとんどいなかったのです。またそのような薬品がかけられるということも、生体内では絶対に起こりえない人為的な操作なのです。

実験する時の温度の違いもあります。生体内で定着している細胞は、本来の生体の中で生きていますが、生物学者が切り出して観察した時の温度は、その生物の体温と全く同じでしょうか?
おそらく違った環境で観察していたはずです。全くそんなことは考えていなかったかもしれません。そのようなことに実験者は気を使っていなかったでしょう。
私たちが映像やグラビアで見ている細胞分裂の映像も、そのように生体内から切り離して、そのような人為的な操作を複数行い、無理やり作り出したプレパラートの環境によって起こった現象を、カメラやビデオで撮影して、殆どの人が、細胞分裂こそ細胞増殖のメカニズムだと思っているのです。
そのような方法で撮影された写真や映像を見て私たちは、細胞は分裂して増える、細胞分裂メカニズムはそれ以外にない、ガン細胞は分裂で異常増殖していると思い込まされてきたのです。

ガンを悪役にすることによって成り立っているガン産業の陰謀とも気がつかずにです。
それを前提として現代医学はそれをいまだに疑いもせずに、ガンの臓器を徹底的に広範囲にまで切り取るという治療(障害、殺人事件?重過失致死?)のベースにしているのです。

千島喜久男は、その矛盾だけでなく、同じ生きた生体内であっても、その時の条件下によって、細胞は常に同じ変化をするのではないとうことも気がついたのです。

『植物から切り離した葉っぱや果実は、木についている状態とは全く異なる変化をたどる』

 生物学における不確定性原理を植物の形態変化を例にあげましょう。
 もちろん植物と哺乳類などの生体は異なります。
 木の葉っぱをはさみで切り離して顕微鏡で見る、その葉っぱで起こる現象は樹という生体から切り離した時点で、生きた木の状態で起きている現象とは全く違う現象が起きます。
 切り離したものは、しおれたり腐っていきます。切り離したものが成長するということはありません。
 生きている木の葉っぱであれば、気孔が開いたり閉じたりします。切り離した葉っぱでは、そのような現象は生体についていた時のようには起きません。
 生体内から切り離したものを観察しているのだから、実際の木の葉っぱと、顕微鏡に載せた葉っぱで起こる現象が違うのは当然のことです。
 この場合でも不確定性原理という正確な測定ではない観察が起きてしまうのです。
だから本当に木の葉っぱの生体内での観察をしようと思ったら、全く切り離さず、自然界で定着しているのと全く同じ状態で、さまざまな条件で観察しなければ、木の生体の本当のことはわからないのです。
しかし、葉っぱと違って木の生体内に顕微鏡をつっこんで観察することは難しいのです。
仮に自然界に定着した葉っぱであったとしても、温度や季節や日光や湿度など様々な状態によって起きている反応は違います。

同じ自然界の生体内であっても、起きることはワンパターンではなく、違う変化があるのです。

昼間に光合成したからといって、夜も同じだと考えたら間違いが生じます。それを現代医学は、人為的に作り出して観察したことを生体内で起こることは、絶対に同じ唯一の法則なはずで、その変化のパターンは、ワンパターンである。それ以外はありえないだろうと主張し続けているのです。
木という生体につながったものは、生体から離れるまでしおれません。葉っぱが大きくなったりします。その時点で生体についていたときと同じではありません。全く異なる性質のものです。
果物の果実は木についている時は果実が大きくなっていきますが、もぎ取った時点で、それ以上成長せず、もいだ後の果実は熟して腐っていきます。もいだ後の果実がたどった経過を見て、木になっていた時の減少と同じであると思い込む植物学者はいません。

木から切り離した時点で、木になっている時とは全く異なる変化をしはじめるのです。
それは植物でも生体にしても、自然界全体に起きていることです。

哺乳類にしろ、鳥類にしろ、爬虫類にしろ、植物の細胞にしても、それはすでに切り離した時点で、生体に属しているものとは別の性質の細胞となったのです。

それを身体に定着していることと同じ現象が起きるはずだと言ったら、それのほうがおかしいのです。

私達がいかに不自然実験で得られた結果を無批判に盲信してきたか。
それは実験の不自然さに気づくことから、千島学説の新説は発見されたのです。

検証してみれば、ヘンに思うような実験で得られた反応結果を現代医学は今も盲信しているのです。

『間違った説は、なぜ強引に定説として支持され続けるのか』

 ウイルヒョーが唱えた細胞分裂説、
「細胞は細胞から、核は核から、染色体は染色体からの分裂によって生じる」という説には、このような盲点を無視し、切ったものも生体の内部で起きていることも、全く同じ反応で、さらに生体の反応をワンパターンであるはずだという誤った解釈にもとづいた、とんでもない理論です。

これが現代のガン治療にどれほどの害毒を流してきたでしょう。
この根本的な矛盾を現代医学は気がついていませんし、認めようともしません。

『千島学説をトンデモ論とする理由は、認めたら現代医学の根本的間違いが暴露してしまうからか?』

今更認めたくないし、これを認めてしまうと、今までやってきた以上は、今更「今までのやり方は根本的に間違った説を信じて、全部間違えていました。今までの治療も間違っていました。医療事故でした。すみませんでした」とは認められないのです。ちょっとしたミスとか単純な間違いでないから、なおさら深刻な問題です。
もしかしたら気づいてないのではなく、現場でも薄々おかしいと思っている医者は多いはずです。
しかし現代医学は、その理論を基礎にして歴史が築かれ、日本だけで年間40兆円という医療産業が成り立っており、そのうちの半分程度が、ガン治療に費やされており、医者であっても、今更おかしいと現場で口にすることは、自分の立場がなくなること、自分のやってきたことを否定することを意味します。

 それはビルでいえば、構造設計をもとにビルを建てたら、ビルが建った後になって「これは基礎の耐震設計がほとんど間違っていて危険です。赤字になっても一から図面も書き直して、今までたてたビルを、すべて取り壊して建て直さなければなりません」と指摘されたようなものです。それが1棟や2棟ほどの間違いであれば、まだいいかもしれません。
 日本だけで40兆円という巨大産業となれば、それが崩れることは膨大な人たちが路頭に迷うことにつながります。
 それだけではありません。今までの医学が間違っていたとなれば、その犠牲者は薬害エイズの数百人の被害者どころではなく、莫大な人が、間違った医療によって殺されてきたことが発覚することになるからです。


 千島学説を公式に認めることは、世界中の医療産業が大パニックに陥ることを意味します。

 建築主としては建った後で、今更すべて壊して一から建て替えなどしたくない。誰も気がつかないだろうから黙っておけばいい、聞かなかったことにしよう。気づかなかったことにしてほしい。もし公表するというのであれば、私はあなたを抹殺しなければならないという態度を、生物学会、医学会は、千島学説に対してとったのです。
 それほど既成の定説が覆るということは、それを基礎にして成り立っていた巨大産業の土台を破壊し、上に載っているものがすべて崩れ、ダメージを受けるということだからです。
 革命的な医学理論といわれながら、千島学説が黙殺されてきたのは、そうした生物学会の人々の自己保身という事情があったため、黙殺はやむを得ない対応でした。
 これは日本だけの問題ではなく、世界中の医療産業が破綻しかねない問題だったのです。
 現代医学が千島学説を認めるということは、自分たちが築いてきた権威や実績をすべて捨てなければならないだけでなく、自分たちの誇ってきた功績、実績が、単純なミスでなく殺人行為であったという汚点になるということです。


踏み花絵☆花穴学

      ハ~イ! 花ちゃんで~す!   空の穴博士 「花を見ると、可憐だと感じる。  それはそういう感じ方の通念があるからである。    しかし、ある時花を見て、何か不吉な不安な気  持ちをいだいた。  が、一瞬後、常識に負けて、その花を可憐なの  だと思い込んでしまう。  ...