2025年9月11日木曜日

自然多能性血球∞赤血球

 

 

遺伝学者の信仰              千島喜久男

 

遺伝学者は、突然変異を、生殖細胞の染色体に起こる遺伝子の配列の変化(位置効果)や構造の変化、数の変化(倍数性)、あるいは染色体過剰に起因するものとして説明しようとする。

 

しかし、染色体の変化が異常形質の原因であるという確実な因果関係は説明されていない。だからこれは、因果関係というよりは、むしろ並行関係と見るべきであろう。それに細胞質における変化がほとんど考慮されていない。

 

これは、ゲンの染色体占位の考えからきていることは疑われない。

“遺伝的なものはすべて染色体的である”という一つの信仰からきている。

 

私見では、遺伝は、細胞とその環境(milieu)を含む全態に関係する。

 

遺伝学者は、人為的突然変異は染色体的変化によるものであり、獲得性遺伝とは全く別のカテゴリーに属する現象として両者を峻別せんとする。しかし、これは論理的にもまた生物学的にも、明らかに自己矛盾を含んでいる。

 

両者ともに生物の一生の間に獲得した形質であることは、明々白々たる事実である。両者の異なる点は、前者は比較的急激に不自然な有害感作を受けた結果であり、後者は比較的、自然的状態またはそれに近い状態で生物が生理的な適応反応を起こす余裕のある場合であることと、前者が遺伝的(時に致死的)であり、後者はそれが必ずしも次の世代に著明に認められないというに過ぎない。だから、両者の間に厳密な一線を画すべき性質のものではなく、主として量的な差によるものである。

 

にもかかわらず、これを本質的な差異があるものとするのは、明らかに機械論的峻別観からくる誤謬というよりほかはない。

 

生理的と病理的とは、本質的に異なる系列ではなく、程度の差、状態の両端を、抽象化して呼んでいるのに過ぎないのと同然である。

 

遺伝学者にして、かような固定観を堅持するのも、人間心理の弱点を暴露するものと言わざるを得ない。何故なら、彼らは、人為的突然変異を起こす要因及びその仕方が、生物にとって有害、不自然かつ急激であるため、生物がそれに適応するだけの余裕を持ち得ないためであることに、気付いていないからである。

 

元来、突然変異なるものは生物の内外要因の比較的急激かつ不自然、病理的な変化にもとづくものであり、環境や内因が正常かつ生理的に進行している場合にはほとんど起こらないことは多くの事実がそれを証明している。

 

生物体がかような非生理的な内外条件に適応して生き延びようと努めるのは、生物の本性から必然のことである。しかし、その生理的適応に対する刺激が限度を超えた場合に、いわゆる突然変異と呼ばれる病的、異常形質が現われる。

 

部分を見て全態を観ることのできないものは、進化論を論ずる価値なしと言わざるを得ない。

 


体細胞の変化  


生物体の内外環境によって生じた体細胞の変化は、血液及び血球を通じて、生殖細胞にその生理的影響を伝えることができる。

両者は相互依存的また時に相互に可逆的である。


 

食改してね、宿主母さん!

赤ちゃん1滴 致命傷!

量の子論!

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