恵まれない研究環境 千島喜久男
岐阜大学勤務中10年間を通じて私には文部省からの個人研究費を交付されたことは一度もない。個人研究費というのは、ある一定の研究テーマを決め、その目的や方法を明記して文部省へ申請すると、文部省から依嘱されたその専門学者に審査を依頼してその採否を決定するしくみになっているが、私の場合、既成学説に反する研究テーマであるため、拒否されつづけられてきた。
だから実験材料、器具、器械、薬品など研究に必要な資材は思うにまかせず、2、3の篤志家からの研究費の寄付を受け、細々と研究しなければならない状態だった。従って、ただで入手できるカエルや昆虫などを研究材料とすることが多かった。
それが却って、バクテリアの自然発生の発見や、生きた赤血球の驚くべき性質や行動を調べるのに大きく役立つことになった。
立派な研究器械や電線で身動きもならないように完備し、恵まれた研究環境の下では、その時代の流行にマッチした研究は生まれるが、それが必ずしも独創的な発見につながるとは限らない。足の踏み場もないほどの実験設備や器械をもつ研究室では、その整備や工夫に時間や精力を集中して、肝心な実験研究はほんの僅かな時間しか使わないというような結果を招きやすい。
生命の現象は、現代の研究者たちのように物理、化学的な分析だけでは到底解明できるものではない。
その点、貧しい研究設備、粗末な研究室が、却って私をして、現代生物学者たちが、既に解決済みと考えて見逃がしていた最も根本的な血球や細胞についての定説に反する事実を発見する機会を与えてくれたように思う。

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